
| 9 夏休みが終わり、新学期が始まってしばらくのこと。 BADの集会で、嫌なウワサが飛び交った。 湘南暴走族BLUESの再結成。 BLUES 2代目の頭は、虞刺 洋利。 最近までは浅我 闥士って東京の金持ちに遣われていた。 この夏。 浅我って奴は、金に物を言わせ渋谷のチーム、Crazy Kidsを手下に、如樹さんたちを襲った。 でも、如樹さん、海昊さん、そして滄さんたちに敵うはずはなかった。当然、完全勝利。 浅我って奴はBLUESから身を引いたらしい。 それを良いことに虞刺は、何やらあくどいことを考えているようだった。 昨年の夏の逆恨み。BADに対して敵対心を持っている。と、海昊さんも警戒していた。 片瀬江ノ島の東浜はBAD、西浜はBLUES。 いつの間にか縄張り的なものは決まっていたが、昨年以降、BADの勢力は拡大中。 虞刺とナンバー2と言われる、遍詈 学貴は、それが気に入らないらしい。 BADに好意を持っている仲間や抜けたいという仲間を処刑と称してリンチしている。という。 仲間を無理やり集めたりしてもいるようだ。 海昊さんは、メンバーは、虞刺たちを恐れて従っているだけだ。と、言った。 滄さんは、初代のころは荒れていなかった。と、言った。 BLUESは元々THE ROADの支部だったらしい。 その頃、THE ROADは、横浜を本部に、支部がたくさんあった。 横須賀や鎌倉。藤沢、茅ヶ崎、平塚までにもあったらしい。 THE ROADは、それら全部を総まとめするでかい族だった。 横浜一。と、いわれていたが、実際は神奈川一に匹敵したらしかった。 そんな、THE ROADの頭をやらないか。と、滄さんは言われたのに、THE ROADを解散させた。 束縛されない、自由な族を造りたかった。と、言っていた。 そして、BADができた。 BLUES2代目の頭、虞刺は、逆に、THE ROADが解散して、体制を180度変えてしまったようだ。 BLUESは今や、恐喝、暴行、犯罪。なんでもありの族だ。と、ウワサされていた。 11月の半ば頃になって、高3の人たちは各々進路と向き合っていた。 そんな中、造さんが、北海道の大学を受験して引っ越す。と、聞いた。 送別会が開かれた。 「マジかよ。寂しくなるな。」 「えー、引っ越ししちゃんですか。」 「造さぁん。俺たちのこと忘れないでくださいよー。」 別れを惜しむ様々の声。 「わざわざ俺のためにありがとう。」 湘南の海が優しく見守る夜。 穏やかで、知的な造さん。ちょっと照れながら、皆の前に立った。 造さんは、滄さんと斗尋さんとは、中学からの馴染み。 元々は箜騎さんたちと同じ中学だったらしい。 斗尋さんも、同様で、高校から滄さんと同じK学に入った。 学業もトップレベルらしく、国立大学を受ける。と、聞いた。 受験の為に、今年中に神奈川を出る。と言った。 「俺は、単車が好きで、皆みたいな単車好きな仲間に出会えて、すげぇ幸せだ。短い間だったけど、一生で一番、俺ん中に残る、いい思い出になると思う。絶対、忘れない。」 皆の賛同の声に、造さんも少し、涙ぐんだ。 「いいかげん、ハンパやってた俺が、大学を受ける気になったのも皆のおかげだ。」 最後に。と、言って造さんは、一息置いた。 「ハンパはするな!!皆、後悔だけは、しないようにしようぜ!!」 後悔はするな。 それが、造さんからの餞別だった。 たくさんの拍手。拍手。 夜中の江の島に響いた。 「えっと……造の送別会に悪ぃけどよ。」 拍手が鳴りやんだのを見計らって、斗尋さんが挙手した。 電灯に照らされた顔は、少し赤い。 隣に女の人を引き寄せた。彼女の天漓 白紫さんだ。 小柄でふんわり優しいおねえさん。って感じでいつもBADを和ませてくれる。 「俺たち……同棲しよっかな。って。」 ひゅう。と、口笛が高らかになって、また拍手の波が起きた。 白紫さんの隣にいた滄さんの彼女の流蓍 あさざさんもおめでとう。と、口にした。 あさざさんは、白紫さんとは中学の同期。 斗尋さんと白紫さん。滄さんとあさざさん。4人とも、中学から公認のカップルらしい。 とってもお似合いで、うらやましい。 滄さんが満面の笑みで、立ち上がった。 右手には、ビール缶。 「よし。じゃあ、造の大学合格祈願と、斗尋、白紫の新生活を祝って。……乾杯!!」 「乾杯!!」 すげぇ数のビール缶や酎ハイの缶が掲げられた。 俺は、轍生と共に、造さんの所へ言って挨拶をした。 短い間だったけど、造さんは、俺らにとって兄貴的存在だった。 造さんは、穏やかに笑ってビール缶を合わせてくれた。 その夜は、大宴会だった。 酔って海に飛び込む奴や、じゃれあいというケンカをし始める奴。 砂浜を追いかけっこして、転がって、砂まみれになる奴。 周りは大笑い。大爆笑の渦。 すげぇ楽しい。ずっと、この夜が続けばいい。 視界の端で、造さんと如樹さん。 如樹さんは、一言。頑張ってください。と、口にしたのが聞こえた。 造さんは、晴れやかな顔で、おお。と、握手を交わした。 永遠の別れじゃない。如樹さんの顔はそう、言っていた。 その様子を海昊さんが憂う表情で見ていた。 俺はその時、如樹さんや海昊さんが何を想い、考えていたかなんてこれっぽちも知らなかった。 12月に入って、海昊さんの様子がいつもと違う。と、感じていた。 上の空。元気がない。 訊いても、何でもない。と、心配かけぬようにだろうが、笑顔で言った。 そして、あの事件が起きた。 「……海昊さん。……か・い・うさん!」 4度目の呼びかけで、海昊さんが振り向いた。 海から目線を離し、こっちに向き直る。 俺は海昊さんの隣に腰下ろした。 「どーしたんすか。ずっと、ぼっ、としましたよ。」 「……悪い。」 轍生も座って、何かあったんですか。と、尋ねた。 海昊さんは、何にもない。と、静かにいっては、また海を眺め見た。 12月12日。BADの集会。 滄さんも斗尋さんもいない、夜だった。 「紊駕は……まだ?」 「はい、まだ来てないみたいっス。」 そか。と、やはり暗い顔でうつむいた。 仲間の、走りに出るか。との言葉に海昊さんは、自分はまだ残る。と、いった。 俺と轍生も海昊さんに倣った。 他の仲間は先行っている。と、走り出した。 遠ざかるエンジン音。静寂が戻ってきた。潮騒がやけに大きく聞こえた。 しばらくして、如樹さんが現れた。 「坡。皆、もう流しにいったのか。」 「……。あ、一部は、残っています。」 俺は、思わずどもり気味に応えてしまった。 だって今、如樹さん……、明らかに、海昊さんを無視した。 轍生もそんな二人を交互にみて、俺と目を合わせた。 「き、如樹さん!!」 異常に取り乱したBADのメンバー。 弁天橋の袂から、砂に足を取られながら全力疾走でこっちにやってきた。 「どうした。」 相変わらずのポーカーフェイスの如樹さんだが、何事かと目を見張る。 「ぶ、BLUESの奴らがっ!!」 BLUESの虞刺、遍詈が乗り込んできた。 そう、仲間が告げた。 俺たちは一斉に弁天橋を振りかぶった。 なにやら騒がしい。 「すっごい人数。戦闘態勢に入ってます!!」 あとから数人の仲間も転がるようにして、こっちにやってきた。 「何だって?みんな、出払ってますよ、如樹さんどー……」 俺の言葉を遮って、如樹さんは前に出た。その行動に海昊さんが叫んだ。 如樹さんの腕を掴んだ。 「紊駕!まさか殺ろうなて、思うとらんやろな!」 海昊さんは、その掴んだ腕を引いた。それを払いのける、如樹さん。 弁天橋へ足を向けている。 「どー考えても不利や!氷雨さんも斗尋さんも、皆おらん!紊駕!!」 引っ張り返す海昊さんに、歩みを止めない、如樹さん。 それでも食い下がる、海昊さん。 こんな、二人のやり取り、見たことがない。 いつもお互いを信頼していて、阿吽の呼吸。 海昊さんは、如樹さんを冗談で窘めることがあっても、非難したことなんて、ない。 如樹さんだって、海昊さんを信用していて、心を許している感じで……。 「一人で殺ろう思うとるんか!そんなん許さへんで!ワイら、仲間やろ。紊駕!仲間やったら――」 「うるせぇ!!!」 海昊さんの必死の声を打ち破った如樹さんの顔。冷淡。 頑として、譲らない。尖った瞳。海昊さんを睨みつけた。 「てめぇらに心配なんてしてもらいたかねぇ。俺は俺のやり方でやる。うだうだゆってんな!!」 ……。何で。 海昊さんにこんな……。 俺は、びっくりして声も出なかった。 如樹さんがこんなに声を張り上げるなんて。海昊さんをこんな形で否定するなんて。 「……それは、仲間やないゆうことなんか。……信用してへん、ゆうことなんか。」 海昊さん……。 如樹さんは、一瞬黙して、そして息を吸った。 「そう思ってくれてもいい。」 その瞬間。誰もが絶句した。 海昊さんの右ストレート。如樹さんに炸裂した。 「もう、ええ!ワレなんか、どうでもええ!!勝手に死にたきゃ、死ねばええ!!もう、心配なんか、せぇへん!!!」 「海昊さん!!!」 俺は叫んでいた。海昊さんは、拳を力強く握り締めて、歯を食いしばった。 体が震えていた。声がかすれていた。瞳が、濡れていた。 如樹さんは、そんな海昊さんを一瞥して背を向けた。 これを前兆に、まったくもって恐ろしい大事件が、起ころうとしていた―――……。 <<前へ >>後編へ <物語のTOPへ> |